初めて入った美容室で

 

初めて入った美容室で出会った彼女の印象についてどのように語ればいいか分からない。洗練された美しさを感じる見た目とは対照的にオーラは親しみやすく明るいものだった。元気でサッパリしていて本当にいい性格だと言ってしまえば簡単だけど、実際にはそんなに軽い言葉で彼女を形容することはできない。奥が深い魅力が彼女にはあるのだ。

後ろ髪はポニーテールに結ばれていて、前髪は額の眉毛より上のあたりでまっすぐ降ろされていた。綺麗に描かれた眉毛がはっきり見える。両サイドの前髪は頰がちょうど隠れるくらいまで伸びていたから、横から彼女の目を覗くことはできないけど、首が程よく長くて良い太さで、鼻筋から伸びる鼻が美しいから横顔が美しい。

彼女の顔を斜め横方向から覗き見たときの彼女の顔は、とても派手で綺麗な印象を感じたけれど近くでまっすぐに彼女を見ると彼女はとても可愛いつぶらな目をしていた。世間一般で評価されるような美しい形の目でもなければ大きな目でもない。一重でつぶらだ。それでも彼女は綺麗だった。美しさとはパーツのよさで決まるのではない。パーツの配置とバランスで決まるのだ。

彼女は美容院で働くスタイリストだった。カット専門の美容師さんが僕の髪の毛を切ってくれた後に彼女は僕の前に現れた。彼女は自分の名前を名乗ったけど聞き逃してしまい、彼女の名前はわからずじまいだ。「髪の毛シャンプーしますのでこちらへどうぞ」とハキハキした声で案内された。シャンプー台に案内されるときに彼女の後ろをついて歩いたけど、背は案外低くて体のラインが隠れる服装をしていたからスタイルは分からなかった。

彼女の耳には沢山のピアスの穴が空いていて、明らかに腫れて赤くなっているほどだった。「ピアスの穴沢山空いてますね」と僕は後ろ姿に声をかけると「そうなんですよ!」と彼女は少し驚いたように小さくて可愛い目と綺麗な横顔を半分僕の方に向けて、歩きながら僕の声に反応を示した。自分の外見に関して触れられたことが少し意外だったような素ぶりだった。「専門のとき親が厳しくて髪の毛染められなくて、ピアスの穴を開けてたんですよ!」と彼女は言ったけど、僕には意味がよくわからなかった。意味がよくわからない言葉を発する人が僕は好きなのだ。

綺麗な人にシャンプーをされるのは、気持ちのいいことだった。このままこの時間が死ぬまで続けばいいのにと思えた、変態である。そんなことを考えているとはつゆ知らず、彼女は僕に当たり障りのない言葉を元気いっぱいくれた。「暑くないですか?」「かゆいところないですか?」僕がその質問の全てに適当に答えてしまうと、聞くべき必要がある話題がなくなってしまったので、彼女は話しのベクトルをプライベートな方向へ転換することにしたようだった。

一生懸命接客をしようとしてくれる親切な性格なのだろう、こういう人と結婚したいなと思った。「休日は何してるんですか」と聞かれたので「休日はゲームをしてますかね」と答えた。彼女は「ゲームですか!私も好きです!ホラーゲームが好きなんです!」と矢継ぎ早に自分の好みを話してくれた。僕は終始、彼女のゲームの話しを聞いていた。

シャンプーが終わって鏡の前に戻り、ドライヤーで髪の毛を乾かすのが終わると「髪の毛はセットされていきますか?」と聞かれた。「せっかくなんてお願いします」と僕が答えると、なんとも嬉しそうな表情で「はい!わかりました」と気の良い返事をして彼女はワックスで僕の髪の毛をいじり始めた。「ピアス両耳に一つだけですか」僕の髪の毛をセットしながら、彼女は僕に聞いてきた。自分の外見に関しての特徴を話題にされるとくすぐったいようで嬉しかった。自分を見てくれていると感じるからだろう。

僕は彼女の質問をおおむね肯定し、でも今はもう両耳の穴は塞がってしまっているということを伝えた。そして「もう一回開けようと思ってるんですよね」とも付け加えた。彼女は「へえ、ほら、ピアスって魔除けみたいな」と僕の言葉にそう返してきた。「え、魔除け?」「はい、電車とかでピアスとか空いてないとオヤジとかに舐められるじゃないですか、地味な感じで」僕は面白くてお腹を抱えて笑った。そんな風に物事を言う女の子が大好きだった。

やるべきことを全て終わると、彼女は丁寧に(明るく)作業の終わりを僕に宣言した。僕も丁寧に(なるべく明るく)彼女に感謝の意思を伝え、椅子から腰をあげしかるべき料金を支払い店を出た。受付の男性は店の会員になり次回の予約もとっていかれてはどうかと僕に言ってくれたけど、悲しいことに僕はもうこの街にはくることがないのだ。

是非とも、何度でも彼女に会いに髪の毛を切りに来たいと思うけれど、そこまでやるには様々な状況が良い環境にはない。だから、これ以上僕が彼女への好意を加速させることはない。彼女の印象は僕の中で永遠に残る続けるだろうが、彼女が僕の日常生活の中に定期的に出現してくれる状況が存在すればいいのにと思うけれど、残念ながら人間関係というのは本当に不思議な縁で繋がっているもので、会えない人にはもう二度と会うことはできないのだ。(それは、会おうと思えば会えるという個人の意思とは裏腹に離れていくものなのだ)